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 優勝を決めた鷲田は、バンクを1周して詰めかけたファンの声援に応えていた。
 わざわざ豊橋や秋田から応援に来た女性ファンもいて、鷲田は手を振って応えていた。

鷲田善一(33期 45歳10ヶ月) 
4000E個人追い抜き競走で優勝!

 2000年10月13日(金)

 第23回を迎えた「近畿地区プロ自転車競技大会」は、澄み切った秋空のもと紀州和歌山競輪場で開催され競輪競走など7種目に熱戦が繰り広げられた。

 福井からは選手13人が出場し、4000E個人追い抜き競走では、今大会最年長45歳の鷲田善一が同種目2年ぶり6回目の優勝を飾った。
 また、鷲田は、過去同大会ポイントレース優勝など個人種目通算8回目の優勝も飾って、木本賢二(大阪)の持つ記録と並んだ。

 予選を5分03秒798の1位で決勝に進出した鷲田は、京都の河崎恵治(23歳・85期)と対戦し、予選タイムを上回る5分02秒255のタイムで優勝した。

 このレースの為にフレームも調達したという鷲田。
 25万円するというカーボン製のブリジストンアンカーに乗って快走。
 もともとロード競技が得意で全プロでは優勝の経験もあるなど衰えを知らない鷲田に対して、選手からも「一体何を食っているのだろう???」と、その年齢を感じさせない走りに注目が集まった。
「減量が思うようにいかなかったが、まだタイムは出る」と、快気炎を上げていた。

「4分56秒ぐらいを狙ったが、風が強くタイム的には満足してないが、トレーニングを積んできたので自信はあった」とレースを振り返った。

 日本競輪選手会福井支部長である鷲田は本来、競技役員として世話役に徹しなければならなかったが、近畿各支部長各位と福井支部役員の理解を得て出場が決まった。
 来年以降の競技に対して鷲田は、「ご理解を頂ければまた出場したい」と記録に向かって意欲を示していた。

 決勝の相手は京都の河崎恵治(23歳・85期)だった。
 昨年(1999年)優勝した平田義敬(大阪・26歳・74期)は、落車の影響で思うように練習が出来なかったため決勝進出を逸したが、京都の新鋭、河崎恵治が僅かの差で決勝進出を決めた。

 河崎は、第1回大会の近プロ大会(昭和49年 1974年)ではまだ生まれてなかった。
 その第1回大会で鷲田は同種目を優勝しており、競輪界の生きた化石=走るシーラカンスに脱帽していた。

 昨年(1999年)福井勢は総合5位という今までにない不本意な成績だったが、今年は、この大会に向けて強化合宿(ひるがの高原)をするなどして、総合3位(優勝京都、二位大阪)になった。

 競輪競走でも市田佳寿浩が、予選1位で通過し決勝に進出。決勝では、ジャンから突っ張り先行策に出て、内林の捲り追い込みをタイヤ差で封じ逃げ切り、見事同大会初優勝を飾った。
 逃げる3番車が市田佳寿浩、番手を獲ったのは酒井耕介(京都)、2番車内林が渾身の捲りで市田に迫った。

 ジャンから突っ張り先行の3番車市田は、そのままタイヤ差で2番車内林の追撃を振り切り、優勝を飾った。
 前々日(10/11)終了したオールスター競輪では、不本意な成績だったが、この日の市田はその鬱憤を晴らす快走を演じ、ファンの喝采を浴びていた。なお3着には1番車水島章(大阪)が入った。

 神山、太田、稲村、長塚が出場したシドニーオリンピックでは、結果がでなかった日本勢。4年後アテネ大会では是非とも近畿から優秀な選手が生まれ活躍して欲しいものだ。



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